syota.m THE PRINCIPLE

日本における維新とは

 翻って、日本だが、20年前、正確に言うと1989年より崩落が
始まっている。

 この間、何が一番欠けたかと考えると、「正確な信頼感」では
ないかと考えている。それ以前は、敗戦の影響下もあって、
アメリカの社会・意向こそが信頼すべきものであり、それをまね
てこれば良かった。

 そして今、個々人がそれぞれの信ずるものに従って生きている
のだが、GDPは増加せず、一人当たりGDP順位は年々落ち続けて
いる状態は変わらない。
 テレビやメディアにやる気を搔き立てる優れた作品は少なく、
官僚の前年踏襲主義は変わらず、国債発行額の増加以外の解決
策を見出せない。

 そんな中で、2009年8月に自民党から民主党への政権交代が
起こったのだが、やはりというか1年半たたずで見事なまでに
無に帰した。

 この政権交代に求められたのは、全体のゼロベースからの再構築
であったのだろう。批判精神は悪くないのだが、何でもかんでも
批判すればいい訳ではない。何か代わりがあるのか、作れるのか
考えた上での、政権批判であるべきだった。

 その意味で、1年足らずで馬鹿馬鹿しいあら捜しに終始し出した
のは問題だ。

 「自国民のレベル以上の政治家は出ない。」のであり、政治家
批判は、結局自らのレベルの低さを再指摘しているに他ならない。
大体、一個人としてみた場合、どう見ても政治家のほうが見識深い
よ。今でも。
 2大政党以外に地域政党という選択肢も出てきているが、個別の
くだらないことに注意が行き過ぎる現状を変えないと、責任転嫁ば
かりで自らの国に信頼できるものは何も生まれないだろう。


 
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by e-principle | 2011-03-02 01:02 | その他
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