syota.m THE PRINCIPLE

他人という概念その2

 政治および政治をとりまくマスメディアの騒ぎ全てが騒々しい。
 確かに、今の菅首相にリーダーシップは発揮できないだろう。施策の提案も
個人の興味の赴くままにすぎない。
 だが、菅首相が退陣して、その後任が誰になれば、状況が良くなるという
のだろう。この論調が一人歩きしていくさまを見るのは、ほんとうにある意味
不思議だ。
 代替案が存在しない、もしくは効果が無いにも関わらず、ある一個人の
(ほとんどの場合、一番目立つ人もしくは押し付けやすい人)存在自体を
原因に求める民族。
 この、混乱振りを海外のメディアや国民はどう捉えるのだろうか。
 少なくても、プラスには捉えないだろう。相も変わらず、訳も分からず騒いで
いる政局とそれに伴う混乱、総理大臣の短期交代。
 今の日本に必要なのは、単に「健全な活力の導入」である。
 それは、おそらく何でも良いのであろう。ある程度のフィルターを通した人物
・組織等であれば。
 そして、それは本来、政権交代で民主党に求められていた。
 わずか、2年前には。
 今の風潮を端的に現すと、誰もが自分を守ることで精一杯なのだと分かる。
 企業の経営陣は、人員を削減し、給与を下げることで、コストカットを行い、
企業の業績を高めようとする。それも横並びで一斉に。 すると、当然、国民
全体の所得も大きく削減されるから、国に入る税金も消費意欲も同時に
下がってしまう。
 しかし、あくまで人件費の比較対象は新興国等、海外にあるから、一旦、
そのスパイラルに入ると、もう戻す理由を見つけることは難しくなる。
 そして、見せ掛け上の業績を上げるために、本質を無視した効果の薄いコスト
カットにまた励むしかなくなるというのが現状だ。
 本当に、このスパイラル、気づいていないのだろうか。
 全てが、結局、他人事なので、自分の業績とは無関係なことなのだろう。
 しかし、長期的にはやはり自分に返ってくるということに、徐々に気づき始めている。
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by e-principle | 2011-07-10 17:33 | 経済
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