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イスラエルとパレスチナ

7月から9ヶ月間の日程で始まるイスラエルとパレスチナの和平交渉だが、早くも暗雲が立ち込めている。

長年、問題となってきた20世紀最大のこの問題に切り込んでみたい。

この問題に欠かせない視点が人種観及び宗教観になる。人種観とは、パレスチナの地に住んできた者とその変遷、宗教観とは、このエリアを中心に交わり、対立してきたイスラム教とキリスト教のあり方ということになる。
何故、イスラエルがこの地に自らの国を建国したいかというと、この地が聖書に書かれた「約束の地」であり、ここで言う約束とは、神=人間を作り出した存在との間の契りである。この問題が、何故厄介かと言えば、この契りを人生の最大の目的としている彼ら、ユダヤ人の視点が他国民には分からないからであろう。例えば、ヘブライ語聖書を唯一の拠り所とし、毎年読み返すことを3000年近く続けている民族の凄みが普通の人には理解できないのである。
更に、事を難しくしているのが、純粋なユダヤ人と言うものが実は現存しないということである。歴史的に言えば、北イスラエル王国及びユダ王国に分裂し、北イスラエルの10部族が世界に離散し、ユダ王国はその後10名程度まで滅亡させられている。その時、一時的にヘブライ語も世界から消失したと言われる。
彼らが凄いというか恐ろしいのは、このように人間及び言語をほぼ失ったにも関わらず、案の定というか物凄い時間をかけて1900年初頭からシオニズムを復活するその病的な粘り強さと撹拌力にある。

そのような視点から見た時、彼等が和平をもたらそうとイスラエルを訪れたオバマ大統領を足蹴にし、その後ケリー国務長官に引き継がれた和平交渉に泥を塗る、政治犯の一部保釈と引き換えの入植再開を発表してしまう 傍若無人な態度も納得がいく。
はっきり言って、イスラエルには他の国はほとんど関係がない。その理由には、前述したが民族的に継続性が無く、宗教観を唯一の手がかりに存続してきた特殊性があると言って良い。

では、パレスチナはどうだろう。
ここも分かり易く切り込めれば良いが
考えて見るとあまり意味がないことが分かる。彼等は、シリアかヨルダンの人であり、ユダヤ人の宗教観に基づく一方的な入植で追い出された人に過ぎないからである。20世紀後半になれば、このような行為は当然許されるものではないが、イスラエルの時間軸に他者は介在しないし、自らも侵略の歴史を受け続けている以上、そういった行為に抵抗はない。ここに20世紀最大の問題が発生した訳である。

しかも、現在の資本主義社会の圧倒的勝者は、世界に点在するユダヤ人であり、その権力が及ぶ範囲は、イスラム、ロシア圏、一部南米諸国を除くほぼ世界中のメディア、金融、司法と言って良い。特に911以降のハンドリング強化は半端なく、これ以降一気にイスラム圏を壊滅し、問題の解決を図ろうとしたことは明らかである。だが、彼等は、歴史的に戦争に勝ったことは稀で、今回もイラク一国の掌握に失敗している。
このような中で、我々が考えるべきなのは、人間が信頼できる存在なのか否かという根源的な問いである。よく、戦争が無かったらというが、人類史上、5000年超に渡り戦争をしていない期間はほとんど存在しない。
EUにトルコを加盟させることを躊躇するのも、ローマ以降のオスマン=トルコ帝国の支配を警戒しているからで、仮にイギリスがアラブとユダヤを巻きこんで一手を打たなければ、オスマン帝国がギリシャ以西から北アフリカ、パレスチナを取り巻く地中海沿岸の大国であったことは間違いないところであろう。その意味で、この問題もイスラム教対キリスト教の争いの継続に過ぎず、長年に渡る歴史の一部と見るのが正解である。
この時、どちらに貼るかという考えも必要だが、我々が世界の中で強国であり続けるために、どの程度の関係性が作り出せるかとの天秤が最も大切である。その意味で、アメリカからの信頼を失っているのは、大変危険な事だと言える。
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by e-principle | 2013-08-12 20:59 | その他
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